救急外来勤務では深夜に限って予想外のことが起こるので困ってしまいますね。
今回は夜中にトロポニンに悩まされたお話をば。
独居の90代男性。息子が数日に1回見に行っていたが、どうもここ最近元気がなさそうな気がしていた。当日は夕方に息子が顔を出すと嘔吐痕があり、呼吸が粗く顔色が悪いため救急要請。救急隊接触時はSpO2 80%, 心拍数 100回/min,収縮期血圧 110mmHg前後, 体温 38℃台, 呼吸数30回/minで当院搬送。
CTでは両側下葉背側に浸潤影を認め、両側胸水貯留も中等度あり。心拡大もあり。膀胱が拡大し両側腎盂拡大著明。腹水少量ありといった画像でした。血液検査では白血球数 1万/μL超え、CRP 10mg/dL超え、LDHもCKも上昇し、腎機能障害もありました。そして、極めつけはBNP 1500pg/mL, トロポニンI 3.0pg/mL(0.04以上で異常)でした。でも心電図はST変化なく正常。
尿閉による腎後性腎不全・溢水で急性心不全を起こし、そこに誤嚥性肺炎も被っているものと判断しました。トロポニンIの上昇は心筋梗塞を示唆するものですが、腎臓が悪いから偽陽性になっていて、さらに溢水や誤嚥のストレスで一時的にトロポニンが上昇したものではないかと判断し、様子見にしました。ただ、なんだか引っかかる部分があったので3時間後と6時間後にトロポニン再チェックとし、抗生剤投与の上、入院としました。
その夜。3時間後のトロポニンは6.0pg/mLまで更に上昇!でも、胸痛もないし心電図変化は依然なし。90代男性でトロポニン上昇以外に明らかな急性心筋梗塞の所見がないのであれば緊急カテーテル検査の可能性はほぼないし、真夜中なので、次こそ下がると信じて、6時間後の採血を待つことにしました。
そして、6時間後のトロポニンI値は…15pg/mL!!
さすがに上昇し続けているこの状況はヤバい!心エコーを当てて心臓血管内科のオンコールに電話相談しました。
心エコーではEF(左室駆出率)が50%前後, 心基部はしっかりうごいているのに心尖部は全く動きがない。収縮期の左室の形はまさに「たこつぼ」でした。たこつぼ型心筋症疑いとして心臓血管内科オンコールに相談し、日中の再評価で正式に「たこつぼ型心筋症」の診断となりました。
今回は冠動脈カテーテル検査は行われず、ヘパリン 3万単位/day、ニコランジル、ハンプ(一般名:カルペリチド)投与で治療となりました。
実は家族からの情報聴取の際に、リポビタンDのような栄養ドリンク空ビンが2本患者の傍らにあったとのことで、無水カフェインを100mg摂取していた可能性があったのでした!
尿閉→溢水→急性心不全で苦しくなっていたところにカフェインで追い打ちをかけた結果、たこつぼ型心筋症になってしまったのでしょうか!?
なんにせよ、90代で栄養ドリンクは飲むべきではないでしょう。しかも、このドリンク、サプリメントを定期配達している製薬会社がサンプルで置いていったものだったとのことで、本当に罪深いですね。
ここでたこつぼ型心筋症の特徴まとめです。
・たこつぼ型心筋症は、左心室壁の一部が一過性に無収縮となる症候群である。無収縮となる領域は、冠状動脈の支配領域では説明がつかない。80%以上の症例で心尖部が無収縮になる。
・冠動脈造影検査では、無収縮の原因となる冠動脈病変は認められない。
・現在は「たこつぼ症候群(takotsubo syndrome)」と呼ばれることが多くなっている。
・高齢女性に多く、ストレスを契機とするなど特徴的な臨床経過を示すが、その病態は未だ解明されていない。
・確立した治療法・ガイドラインは存在しない。
・予後は、必ずしも良好とはいえず、再発も稀ではない。
たこつぼ型心筋症といえばストレス誘発性の心疾患であり、別名「ブロークンハート症候群」とも呼ばれ、失恋や死別など悲しいイベントがきっかけになったり、今回のように他の強いストレスがかかる病気をきっかけに発症することは納得できます。
しかし、なんとその逆「ハッピーハート症候群」というのも存在するのです!
結婚や孫の誕生など、とっても幸せなライフイベントでも強い興奮を覚えると、肉体的にはネガティブなイベントと同様に負荷がかかってしまうという悲しい現実…。一般的には女性に多いたこつぼ型心筋症ですが、ハッピーハート症候群は男性に多く、左室中部での非定型バルーンニングパターンの発生率が高かったとの報告があります。
ちょっと脱線しました(笑)
たこつぼ型心筋症の解説に戻りまして、診断で最も重要なのは心エコーです。
心電図ではST変化があっても良いし、なくても良い。冠動脈造影検査はたこつぼ型心筋症の確定診断ではなく、心筋梗塞(冠動脈の血流異常)を除外するために必要な検査になります。
トロポニンIについては87%の患者で血中トロポニンの上昇を認めますが、せいぜい1.8倍程度までしか上昇しなかったとの報告があり、今回のように非常に高い数値になるのは珍しいようです。
最後に治療ですが、心室収縮異常や検査所見は、数週間から数ヶ月で、徐々に回復するとされ、基本的には安静と原因の除去です。
β遮断薬で心臓を休ませるのが良いのではないかと期待されましたが、心機能の改善・予後の改善・再発予防はまだ証明されていません。
心尖部の動きが悪くなり血液が滞留してしまうため、心室内血栓の報告があり、心尖部の無収縮が明らかな場合は、抗凝固療法が検討されます。今回はヘパリンを投与してますね。
その他の治療についてはエビデンスがない中、個別の患者にとって良さそうなものをやっているというのが現状です。
今回の反省はなんといっても、すぐに心エコーを当てなかったことです。夜中であっても、心エコーが当てられる環境であれば積極的に評価していくべきであることを再確認させられた一例でした。
ではまた。
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